Life&Martial Arts

~人生と格闘技~

助かる命と、助からない命。

その境界線って、一体何なんだろうか。。

未だに、分かりません。


11月になると、
父親の命日がある為、ふと、命について考えさせられます。


もうだいぶ前の話になりますが、

1年半の食道がんとの闘病の上、亡くなりました。

最後は、骨と皮だけでした。


亡くなるその日、

偶然仕事が休みで、日帰りで田舎まで帰り、病院にお見舞いへ。

翌日、仕事だった為、夕方の新幹線で東京へ、、
戻っている途中で携帯の留守電に気付いた。


親父が先程亡くなったと、母親からのメッセージ。


そのまま、再び田舎へ戻った。


ガンが見つかり、地元の病院にお世話になる際、自分は東京の名医を探し、そこでセカンドオピニオンを受けてみれば、と提案したが、昔気質の父親は、そんな事したら今お世話になっている先生に失礼だからと、拒否。

手術を受けたものの、開けてみたら想像以上にがんが広がっていたらしく、。

その後は抗がん剤、放射線、、一般的な流れで。

そしてもう駄目だなと家族も感じていた頃に、

父親から、

「東京でどこかいい病院ないか、探してくれないか」と。


あの時は、本当に胸が締め付けられた。


母親とは既に亡くなった後の事を相談していた時期だった。


心の中で、

「今からじゃ無理だよ」
と思っていた。


葬式、そして火葬を終えた時、

骨と灰だけになった父親の姿を見て、

直感的に、父親の一部を、自分の身体の中に入れたいと思い、

人が見てない時に、こっそりと、父親の灰を指に付け、飲み込んだ。

文字通り、
俺の身体の中には、父親のDNAが受け継がれています。


その直後、
元々病弱で、何度も大病を患ってきた母親も、再び大病に。

地元の病院では、かなり病状は進行しており、通常の手術では大きな後遺症が残るだろうとの診断。

父親の時の後悔があった為、
今度は必ず俺が助ける、という気持ちで、
東京で名医を探し、
仕事の合間を縫い、その病院へ行き、その場で、
「母親を助けて下さい」
と、懇願。

自分が探したその先生に担当して頂ける事となり、一時的に母親を東京に呼び、そして助けて頂き、今でも多少の不便はあるものの、地元で何とか暮らしています。


歳も歳なんで、当たり前かも知れませんが、
これまで、色々な命が亡くなっていく場面に遭遇してきました。


時には、まだ生まれたばかりだというのに、

小学校どころか、幼稚園にも通えず、

病気で天国に召されていった子供達も見てきました。


一体、命って、

人生って、何なんだろうか。


これほど不平等な事って、あるのか。


その後、

自分自身も生死の境を彷徨い、

それを乗り越えた時に、


改て、命の不思議さ、
そして、自分の力の及ばないところに、自分は存在しているのだという事を感じさせられました。


ありきたりだけれど、

命を大切にしたい。


この世の中には、生きたくても生きられない人もたくさん、いる。


時に、死んでしまった方がどんなに楽だろうと思った事もたくさんあったけれど。


親父含め、これまでの人達の分まで生きようなんて、そんなたいそうな器もないし、偉そうな事は言わないけれど、

少なくとも、

丁寧に、懸命に、生きて行こうと思っています。


あの時があるから、今の自分がいる。


自分がもう駄目かなとなった時に、
手を差し伸べてくれた人もいた一方で、

手の平を返し、とても血が通った人間とは思えないような言葉を浴びせられた事もありました。

色々どん底もあって、屈辱も味わったけれど、

逆の立場になった時に、俺は絶対にあの人達のような真似はしない、と思いました。

少なくとも、弱者の立場や気持ちを分かってあげられる人間でいたい。


言わないだけで、言えないだけで、

みんなそれぞれが、それぞれに何かを抱えて生きています。

人の数だけ、色々な想いが。


色々な事情があり、父親が亡くなった後も、しばらくの間はお墓に入れてあげられませんでした。

今は私が住んでいるところから電車で行けるところに、父親はいます。



また、日本酒を持って、墓参りにでも行こう。



俺はこれからも、変わらないよ。

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